ケインズの投資について-1 Introduction to Keynes’ Investments-1

アニマル・スピリッツ

ケインズは、経済学者として活動するかたわら、投資家として、株式、為替、商品に積極的に投資を行い、結果的に成功をおさめ、かなりの財をなした。その生の投資法―着眼点、センチメント、行動、決定、成果等―を明らかにするため、ケインズの書簡、シティでの運用ファンドの報告書、新聞、ジャーナリズムへの寄稿などをみてゆくことにしたい。投資、投機にあたっての生の声を聞くため、ケインズいわく、最後に大切なのは「アニマル・スピリッツ」(animal spirits)だからだ。

借金して為替投機 - マルク、フラン、リラをショート:着眼点は実質価値

まずは、1920年5月26日付け、アーネスト・カッセル卿(キョウ)への手紙。ケインズ、36才の時だ。為替の投機に関するもの。

(補足) 前年の1919年にパリ平和会議に大蔵省主席代表として、パリ平和会議に出席。対独賠償要求額をドイツの支払い能力に応じたものにすべきことを主張するが、受け入れられなかったため、大蔵省主席代表を辞し、キングス・カレッジに戻った。同年8月に、平和条約を批判する ”The Economic Consequences of the Peace” を出版し、世界的センセーションを引き起こした。

親愛なるアーネスト・カッセル卿

以前、あなたの助けが必要な良い投資機会があれば、連絡するよう仰っていました。現在のひどい外国為替市場の状況は、またとない機会を提供していると思われます。現在の相場は以下の通りです。

マルク(Marks)   127
フラン(France) 48
リラ(Lire)            63

この相場は、名ばかりなもの(nominal)で、実質価値(real values)とは何ら関係がありません。投機家たちはいたるところで、苦境に立たされており、価格は馬鹿げたものです。この状況を正当化するものは、ブラッセルで行われているスパー会議*にはありません。全くのところ、うわさされている、国際的融資は全くのでたらめです。

*第1次世界大戦後,ドイツの軍備制限,賠償問題などを協議するため,1920年7月5~16日にベルギーのスパーで開かれた連合国の国際会議。(KN注)

私の提案は、従って、次の通りです - あなたの代理として、マルク、フラン、リラを先物で売却し、私の裁量でこの取引を手仕舞いする(閉じる)権限を、私に与えてください。但し、あなたは、いつでもこれを却下することができます。私は、ポジションについて、毎日、あなたに報告します。私は、この種の事業(取引)に精通しており、そのコツを心得ています。取引額は、次の通りです。

マルク  5,000,000
フラン  5.000,000
リラ      3,000,000

額の大小は、あなたに委ねたいと思います。20%の委託証拠金を積み、また、いかなる時も10%を維持する必要があります。

利益は、あなたが妥当であると思われる比率で分けるということにします。数か月の間、資金があれば、かなりの利益を稼ぐことができる可能性が高いと考えています。

ロンドンにいらっしゃれば、個人的にご説明したいと思います。私自身は、現在、投資資金を持ち合わせていません。これらの通貨について、現在より高い価格の時に、弱気でしたが、現在の価格で手元に資金が乏しい状況です。しかし、現在の水準で、取引を行うことができれば、誰にとっても展望は極めて良好です。自からの悪いマネジメントのため、残念ながら、この有利な機会を生かす余裕がなく、あなたの支援をお願いしている次第です。あなたが以前、仰ったことが、これに該当するかどうかわかりませんが、極めて有望な機会であると思っています。この状況について、私は誰よりもよく熟知しており、執行については全て責任をとります。もし、いらしていただければ、大変ありがたく思います。

素早く行動すべき事なので、本書簡を受け取られたら、ロンドン、ゴードン・スクウェア46に電報をいただくか、ミュージアム3875まで電話にて至急ご連絡ください。必要であれば、お会いするため、明日ボーンマスにうかがいます。

よろしくお願いいたします。

J.M.K

(書簡原文)
Dear Sir Ernest Cassel,

Some time ago you encouraged me to apply to you in the event of my having any financial venture in view, where I need your assistance. The present demoralised condition of the foreign exchange market offers, in my judgement, an unequalled opportunity for speculation. At the time of writing, the quotations are about as follows

Marks    127
Francs    48
Lire         63

The quotations are rather nominal and bear no relation to real values. Speculators are being squeezed out everywhere and the prices quoted are absurd. I am practically certain that there is nothing brewing for the Brussels and Spa Conferences which justifies this position.  Indeed the rumoured international loan is pure deception.

My proposal is, therefore, as follows – that you authorize me to sell marks, francs and lire forward on your behalf and to close the transactions at my discretion, subject to your overruling instructions at any time. I would keep you informed daily as to the position. I am well accustomed to this business and know the ropes. I suggest as amounts

Mark      5,000,000
Francs   5.000,000
Lira        3,000,000

Or smaller or larger amounts as may commend itself to you. It would be necessary for you to put up (say) 20 per cent margin of the liability and to maintain 10 per cent intact.

The profits would be shared between us in such proportion as you may deem fair. I anticipate very substantial profits with very good probability if you are prepared to stand the racket for perhaps a couple of months.

I must add, what I should like to have been able to explain to you in person if you had been in London, that I am not in any position to risk any capital myself, for the reason that I was a bear of these currencies at higher values than now current and have, at present prices, quite exhausted my resources. But the prospects for any one who comes in at the present low shake-out level are very good. I am miserable at my own bad management in not being able to take advantage of the situation and hence apply to you at a moment when your aid would be of the greatest help to me. I don’t know if this is at all the kind of thing you had in mind when you spoke to me. But it is far the most promising opportunity which has occurred. I probably speak with about as much knowledge of the circumstances as anyone else has, and I am in a position to take the whole responsibility of the necessary operations. If you feel able to come in, I shall be immensely beholden to you.

As prompt action is desirable, I beg you to let me know immediately on receipt of this letter, either by telegram to 46 Gordon Square, London, W.C. or by telephone to Museum 3875.

If necessary I could come down to see your at Bournemouth tomorrow.

Sincerely yours,

J.M.K.

(太字 by KN)

ここで、注目すべきは、現在の相場が、「名ばかりなもの(nominal)で、実質価値(real values)とは何ら関係がありません」と述べている点だ。ケインズが、これらの通貨の何をもって実質価値と評価しているかの記載はない。だが、ケインズが、単に値動きだけで、この取引を提案しているわけではない、という点が重要だ。

一方で、ケインズは為替(マルク、フラン、リラ)の先物取引で利益を得ようとしており、その意味でこの取引は、いうまでもなく短期的な利益を狙ったものだ。その意味で、投機(Speculation)といってよいだろう。カッセル卿に、迅速に行動する必要がある、と述べていることからも、市場の「ミス・プライスがあるうちに」という含意が込められている。

ケインズの戦略は、先物で、フランス、イタリア、オランダ、ドイツの通貨をショート(売り)し、米ドル、ノルウェー、デンマーク・クロネをロング(買う)、というものだった。欧州大陸通貨が英スターリング、米ドルに対して強くなったことで、苦境に立たされた(Keynes Vol. XI)。しかし、ケインズの欧州大陸通貨の過大評価という判断に変わりはなく、マルク、フラン、リラの先物売りを仕掛けたものと思われる。

以上

By Kota Nakako

2024/12/06

 

 

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